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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)147号 判決

アメリカ合衆国ケンタツキー ルイスビル ウエスト ヒル ストリート 一六〇〇番地

原告

ブラウン アンド ウイリアムソン

タバコ コーポレーシヨン

右代表者

ラリー シー アモス

右訴訟代理人弁理士

丸山幸雄

東京都港区虎ノ門二丁目二番一号

被告

日本たばこ産業株式会社

右代表者代表取締役

水野繁

右訴訟代理人弁理士

瀧野秀雄

草野敏

主文

特許庁が昭和六二年審判第一六七九号事件について平成元年一月三一日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「シガレツトフイルター」とする特許第一二五一七〇九号発明(昭和五五年四月一〇日出願、昭和五八年七月一六日出願公告、昭和六〇年二月一四日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、昭和六二年二月二日、原告を被請求人として本件発明についての特許の無効審判を請求し、同年審判第一六七九号事件として審理された結果、平成元年一月三一日「特許第一二五一七〇九号発明の特許を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年三月二五日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加された。

二  本件発明の要旨

円筒形状の多孔性フイルター軸、

該フイルター軸に沿い両端面を除いた外周面を包囲するようにその一端から軸方向に延びると共に、周方向に隔たつて位置し且つほぼ軸方向に沿つて延び、フイルター軸に埋込形成される複数の溝を有し、該溝がフイルター軸の一端に開口しその長さがフイルター軸の全長よりも短いような煙を透過させない非多孔性ラツパー、

及び該ラツパーを包囲するようにその長さ方向に沿つて延び、空気を透過させ、流通空気が該溝へ導かれるようにし、喫煙時この流通空気だけが該溝中を流れるようにしたチツプ材、

とから成ることを特徴とするシガレツトフイルター(別紙図面(一)参照)。

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は前項記載のとおりと認める。

2  審判請求人(被告)は、英国特許第一三〇八六六一号明細書(以下「第一引用例」という。)及び昭和五四年特許出願公告第三九六〇号公報(以下「第二引用例」という。)には左記の技術的事項が記載されており、本件発明はこれらの記載に基づいて当業者が容易に発明し得たものであるから特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができないと主張する。

(一) 第一引用例には、タバコ処理デバイスについての発明が記載されており、タバコロツドに隣接する空気透過管がセルロースアセテートのフイラメントからなる空気透過性の材質からなること(第二頁右欄第一〇九行ないし第一一二行)が記載され、Fig 1及びFig 2には外周面に溝が、中央部の大きな円筒孔と共に形成された空気透過管が図示され、この空気透過管の説明として喫煙する時には「チツプ材に設けた透孔から流入した空気は溝中を流れ、喫煙者の口に達してタバコ煙と混合される」旨の記載(第二頁左欄第一一行ないし第一六行)がなされている。また、前記空気透過管の別の例としてFig 3には全長に溝がFig 5には全長よりも短い溝が夫々外周面に設けられたセルロースアセテートフイラメントの均一フオーム体からなるエレメントが示されている(別紙図面(二)参照)。

(二) 第二引用例には、長手方向を貫通する内部通路、外部表面に長手方向に延びた通気路とを備えた円筒形の吸口、前記吸口と芯合せに配置された濾過物質の円筒体及び前記吸口を濾過物質の円筒体に結合し、前記通気路を包み込む包紙より構成される通気性吸口フイルターにかかる発明が記載されている。

3  審判被請求人(原告)は、審判請求人は審判請求において原審の特許異議申立と全く同一の証拠によつて同一の主張を繰り返しているから無効審判請求は一事不再理の原則にもとること、及び本件発明の本質的特徴は複数の限定された長さの溝と、フイルター軸の周囲を包囲する煙不透過性ラツパーで構成されたシガレツトフイルターであり、それによつて喫煙時において通気用空気だけが溝内を移動し、煙又は煙及び空気がフイルター内に流れて、吸引圧、フイルター効果及び味覚の三者を同時に向上し得る構成とするものであつて、第一引用例にはフイルター軸の表面が非多孔性であるとの限定がなされていないものである点で相違があり、本件発明の本質的特徴である煙、空気不透過性ラツパーを有するフイルター軸の表面に空気流路用の溝を形成することについての記載ないし示唆が全く認められないこと、また第二引用例にはフイルター軸自体に溝が形成されたものや溝の長さがフイルターの全長以上の長さを有するものについては示されておらず、フイルター軸と溝の長さとの関連についての認識を欠くもので本件発明とは全く異質のものであると主張している。

4  当審の判断

(一) 一事不再理について

一事不再理の規定(特許法第一六七条)は、特許無効審判及び訂正無効の審判の確定審決の登録があつたときは、何人も同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができないことを定めているのであり、特許異議申立における同一事実、同一証拠に基づいて特許無効審判を請求することを妨げるものではないから、審判被請求人の一事不再理についての主張は採用できない。

(二) 本件発明と第一引用例記載のものとの対比検討

(1) タバコフイルター内部材

本件発明において内部材に用いるフイルタープラグはセルロースアセテート等の標準的フイルター軸であるのに対して、第一引用例記載のものにおけるエレメントもセルロースアセテートのフイラメントより形成されるものであるから、材質からみても、タバコ本体に隣接した所に用いる使い方からみても、本件発明のフイルタープラグは第一引用例記載のもののエレメントと同一のものを指していると認められる。

(2) タバコフイルター外被材

本件発明におけるチツプ材はフイルター軸のラツパーを包囲するように延びて配置され、外部より空気を透過させ、ラツパーに形成された溝への導入を図り、流通空気だけが溝内に流れるようにしたものであるのに対して、第一引用例のエレメントにおいては「perforations in the overwrap(小孔付き外被)を、strip of air permeable paper strip(空気透過性紙)を中間に介在させて溝の外側に配置する」旨の記載(第二欄第八〇行ないし第八四行)があるから、空気を透過させる外被材を有するという点で両者の間に差異は認められない。

(3) タバコフイルター溝

第一引用例の国Fig 5には一端が開口し、その長さが全長よりも短い溝が形成されたエレメントが示されているから、本件発明と第一引用例記載のものの内部材は共に外周面に全長より短い溝が形成されている点において一致している。しかしながら内部材に形成された溝の表面についてみてみると、本件発明の明細書には「非多孔性ラツパーは多孔性材料の非多孔性外表面を含む」旨の記載(本件公報第四欄第二七行ないし第三一行)及び「かかる方法の一つは当業者にとつて加熱成形手段としてよく知られるものである」旨(同欄第三七行ないし第三九行)の記載があることから、本件発明の溝表面に存在する非多孔性ラツパーは加熱成形により形成された非多孔性の溝を有するものも含まれると認められるのに対して、第一引用例のエレメントについては溝表面を非多孔性にするとの記載は見当たらないから、両者は溝の表面が非多孔性と限定されているか、されていないかという点で相違するものと認められる。

してみると本件発明と第一引用例記載のものとは内部材、外被材及び全長より短い溝が形成された内部材を有するシガレツトフイルターよりなる発明である点で一致するものであるが、両発明の間には上記のことく内部材に形成された溝表面の構成において差異があるものと認められるので、この相違点について以下審及する。

(4) 相違点について

イ 内部材に相当するフイルター軸を通過する煙流とは別に、フイルター軸の外周面に溝を形成し、この溝内に外側包紙の空気流入透孔からの空気が該溝内のみを流れるように形成した構成とすることにより煙流と通気流を別々に喫煙者の口に導くことは、第二引用例に示されるように本件出願前公知であり、

ロ 第一引用例にも前記記載のように内側に円筒孔を有する内部材ではあるけれども、円筒内を通過したタバコ煙流と、外被材の透孔より導入され、溝内を通過した空気流とを喫煙者の口中で混合する旨の記載があり、

ハ さらに第一引用例においてエレメントを加熱成形によつて成形することを意味する記載(第二頁第一〇九行ないし第三頁第一八行)がある上に、セルロースアセテートのような可塑性材料を加熱成形したときには、成形型面に接する被成形物の表面は非多孔性の平滑面となるのが普通であり、

ニ 本件発明においても、加熱成形の手段により多孔性材料の表面に非多孔性面を形成させているから、

ホ 第一引用例における前記記載の煙流と空気を喫煙者の口内で始めて混合するということは加熱成形により得られる、表面非多孔性のエレメントを使用することによつて達成が可能となることを示唆しているものと認められる。

してみれば第一引用例記載のものに示されるような一端に開口し、その長さが全長よりも短い溝が外周面に形成されたエレメントにおいて、その溝表面を空気不透過性とし、タバコ煙流と外被材より導入された空気流とを別々に喫煙者の口に送り、ここで始めて混合しようとすることは当業者にとつて格別の創意を要することとは認められない。

そして、審判被請求人は本件発明で奏せられる効果について、従来のシガレツトフイルターに比して

〈1〉 シガレツトフイルターだけで、正常なシガレツトの圧力降下を達成させるシガレツト用フイルターの提供

〈2〉 空気と煙が別々の流れを形成するようにし、濾過の代わりに通気によつてタール分を著しく減少させるためのシガレツトフイルターの提供

〈3〉 チツプ紙の透孔からのフイルターの一端まで伸びているフイルタープラグの溝を利用したシガレツト用フイルターの通気システムの提供

〈4〉 非多孔質のプラグラツプを有する溝付きフイルターの提供

の効果を奏することを挙げている(本件公報第三欄第三三行乃至第四欄第一行)が、前記第一引用例及び第二引用例の記載からみて、これらの効果は当業者にとつて十分予測可能なものと認められる。

したがつて、本件特許発明は、第一引用例及び第二引用例記載のものに基いて当業者が容易に発明をすることができたものといえるから、特許法第二九条第二項の規定に該当する。

(5) 以上のとおりであるから、本件発明は同法第一二三条第一項の規定によつて無効にすべきものと認める。

四  審決の取消事由

審決は、第一引用例記載のものの技術内容を誤つた結果本件発明と第一引用例記載のものとの相違点についての判断を誤り、ひいて本件発明は第一引用例及び第二引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであると誤つて判断したものであるから、違法であつて、取り消しを免れない。

すなわち、審決は、相違点について判断するに当たり、前記「審決の理由の要点」4(二)(4)イないしホの事由を認定、判断し、これらの点からすると、エレメント外周面に形成された溝表面を空気不透過性とし、タバコ煙流と外被材より導入された空気流とを別々に喫煙者の口に送り、ここで始めて混合しようとすることは当業者にとつて格別創意を要することではない、と判断している。

しかしながら、右事由ハの点、すなわち「第一引用例の第二頁第一〇九行ないし第三頁第一八行にはエレメントを加熱成形によつて成形することを意味する記載がある上、セルロースアセテートのような可塑性材料を加熱成形したときは、成形型面に接する被成形物の表面は非多孔性の平滑面となるのが普通である」との審決の認定、判断についていえば、第一引用例の右記載箇所からは「エレメントを加熱成形によつて成形することを意味する記載」なるものは一切認めることができない。第一引用例の右記載箇所における加熱はセルロースアセテートの成形のための加熱ではなく、単に接着剤として使用されているグリセリルアセテートの接着のための加熱であつて、この加熱とは全く無関係なセルロースアセテートの成形が加熱なしに行なわれていることは技術上自明であり、したがつて、第一引用例記載のものにおいてセルロースアセテートの加熱溶融成形が行なわれていないことは明らかである。

また、右事由ホの点、すなわち、「第一引用例には煙流と空気を喫煙者の口内で始めて混合するという記載があり、このことは加熱成形によつて得られる、表面非多孔性のエレメントを使用することによつて達成が可能となることを示唆しているものと認められる。」との審決の認定、判断についていえば、第一引用例記載のものの溝付管状体又は棒状体素子の溝中には喫煙時に常にタバコ煙流が流入し、溝内で既に煙流と空気とが混合されているのであつて、第一引用例記載のものにおいて、煙流と空気が口内で始めて混合することはあり得ないことである。第一引用例記載のものは、溝表面の煙流透過性に特徴があるものであつて、本件発明のように溝表面を煙流不透過性にすることによつて空気流を煙流と分離するという発想とは全く逆のものであり、このことは第一引用例の第三頁第四七行ないし第六四行の記載及び特許請求の範囲第七項(第三頁第九六行ないし第一〇五行)の記載から明らかである。

したがつて、第一引用例記載のもののような一端に開口し、その長さが全長よりも短い溝が外周面に形成されたエレメントにおいて、溝表面を空気不透過性とし、タバコ煙流と外被材より導入された空気流とを別々に喫煙者の口に送り込み、ここで始めて混合しようとすることは当業者にとつて格別の創意を要することでないとした審決の判断は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

「ハの事由」の点について

第一引用例の第二頁第一〇九行ないし第三頁第一八行(特に第三頁第七行ないし第一八行)には、フイルター軸に相当するエレメントを加熱成形するために、フイルター製造装置に、セルロースアセテートのフイラメントを供給し、加熱されたフイラメントに接着成分を加えて棒状体又は管状体に加熱成形し、この加熱成形される際、溝付ダイスを通過させることにより、エレメントの外周面に溝を成形することが記載されている。してみると、右溝付ダイスを通過させる際、エレメント表面は加熱状態で溝を形成するものであることは当然であるから、「第一引用例においてエレメントを加熱成形によつて成形することを意味する記載がある」とした審決の認定に誤りはない。

そして、可塑性材料を加熱成形したとき、成形型面に接する被成形物の表面は非多孔性の平滑面になることは本件出願前周知の事項である(例えば、昭和五〇年特許出願公開第一六〇五〇〇号公報)。

したがつて、「セルロースアセテートのような可塑性材料を加熱成形したときには、成形型面に接する被成形物の表面は非多孔性の平滑面となるのが普通である」とした審決の認定、判断に誤りはない。

「ホの事由」の点について

相違点の判断において審決が認定したイないしニの事由(前記審決の理由の要点4(二)(4)に記載)のことからして、第一引用例における「煙流と空気を喫煙者の口内で始めて混合する」という記載は、加熱成形により得られる表面非多孔性のフイルターにより達成可能であることを示唆しているものである。したがつて、この点における審決の認定、判断に誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によれば、本件発明は、次のとおりのものであることが認められる。

本件発明は、シガレツト用フイルターに関し、新規の通気手段を備えたフイルターに関するものであり、他面において通気流をフイルターの煙草端か、吸口端かあるいはその組み合わせかに方向づけるための流れ方向決定用の溝を内部に備えたフイルターシガレツトに関するものである(本件公報第二欄第二七行ないし第三三行)。周囲の空気をフイルター内に導入して煙流を希釈する通気手段を備えているフイルターをシガレツトに取り付けることは当業者にとつて周知のことであり、シガレツト内部に空気流を導入する方法はこれまでに色々の手段が提案され、採用されてきた(同第二欄第三四行ないし第三欄第三行)。本件発明は、空気と煙が別々の流れを形成するようにし、濾過の代わりに通気によつてタール分を著しく減少させるためのシガレツトフイルターを提供するべく(同第三欄第三七行ないし第四〇行)、本件発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(同第一欄第二七行ないし第二欄第二行)。

2  他方、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載のものは、タバコの煙の処理用具を備えた喫煙用具及びこの処理用具を製造する方法に関するものであり(第一頁第九行ないし第一二行)、その処理用具は相互に接触点で固定されて周縁表面に伸びそこに複数個の長さ方向の溝を形成している多数のフイラメント又は繊維から成る棒状体又は管状体素子から成り、煙を希釈するための空気が溝内に入つて喫煙者の口中へと通過するように周囲を空気透過性の紙片によつて包囲されており(第一頁第二四行ないし第三五行、第一頁第八三行ないし第八六行)、喫煙によつてタバコの煙は管状体素子又は棒状体中を通過すると同時に空気が透孔より入り溝を通つて喫煙者の口中に入る(第二頁第九行ないし第一七行)というものであることが認められる。

また、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例記載のものは、長手方向に内部を貫通する内部通路と、外部表面に長手方向に延びた通気路とを備えた実質的に円筒形の吸い口、前記吸い口と芯合せに配置された濾過物質の円筒体、前記吸い口を濾過物質の円筒体に結合し、かつ前記通気路を包み込む包紙より構成される通気性吸口フイルターにおいて、吸口は熱可塑性物質でできており、その内部通路は円筒形の平滑な表面を有し、前記包紙は通気性の紙であり、非通気性物質の外部包体が前記吸口及び濾過物質の円筒体とをタバコ部分に心合せに配置、結合させ、かつ前記包紙を包み込み、前記外部包体はその周囲に、通気路のタバコ部分側に近い位置に通気路に空気を導入するための開口を備え、前記通気路は前記タバコ部分から離れた吸口端部における排出口で終り、前記内部通路は前記通気路と分離され、煙流は前記内部通路内を通り、喫煙者の口中に達して初めて前記通気路内を吸引されてきた空気と混合されることを特徴とする通気性吸口フイルターなる構成を有するものである(第一三欄第二三行ないし第一四欄第二一行)ものであることが認められる。

3  相違点の判断について

審決は、第一引用例にはエレメントを加熱成形によつて成形することを意味する記載(第二頁第一〇九行ないし第三頁第一八行)がある上に、セルロースアセテートのような可塑性材料を加熱成形したときには、成形型面に接する被成形物の表面は非多孔性の平滑面になるのが普通である、と認定、判断している(ハの事由)。

セルロースアセテートのような熱可塑性材料を加熱溶融して成形したとき、成形型面に接する被成形物の表面は非多孔性の平滑面となることは乙第一号証(昭和五〇年特許出願公開第一六〇五〇〇号公報)に記載された技術的事項を検討するまでもなく技術常識上明らかなことである。したがつて、審決の前記認定中、後段の部分は、「加熱成形したとき」とは「加熱溶融して成形したとき」との意味に解する限りにおいて正当なものであると認められる。

そこで、審決の指摘する第一引用例の記載箇所についてみるに、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の第二頁第一〇九行ないし第三頁第一八行には、「この溝付き管状体素子または棒状体素子は縮んだセルロースアセテート製連続フイラメントを相互に結着することによつて簡便に作ることができる。それ以外の繊維やフイラメントの材料も使用することができる。この方法は先ずフイラメントまたは繊維の材料を用意し、これに接着成分を加えてフイラメント材料と接着成分とを棒状体または管状体に成型し、接着成分を活性化してフイラメントまたは繊維を接触点で相互に結着させ、この接着成分の活性化の前または後で棒状体、または管状体の周縁表面に長さ方向の溝を形成することからなつている。

縮んだセルロースアセテートの連続フイラメントを使用する望ましい方法の具体例では、フイラメントがフイルター製造装置に供給されるとそこでフイラメントは長さ方向に押圧きれて相互に分離され、拡散された薄い層となつてグリセリルトリアセテートを散布される。次いでエンドレステープ等の手段で集められ管状ダイスを通して引き出される。その際に水蒸気を断面方向に通過させてフイラメントと直接接触させることにより、フイラメントは急速に加熱されグリセリルトリアセテートの溶媒作用により相互に結着される。ダイスはその下流端で内側に向いた突起部分を有し、そこで加熱結着されたセルロースアセテートのフイラメントを第三図に一例を示したような周縁に溝の付いた形に変形させる。管状体素子を作るにはダイスに同軸の心棒を設ける。フイラメントはダイスから引き出される際にダイスと心棒の間を通り、グリセリルトリアセテートが水蒸気の加熱によつて活性化される時に溝付き管状体素子の形に固定される。」と記載されていることが認められる。右記載からすると、第一引用例記載のものの溝付管状体素子又は棒状体素子は縮んだセルロースアセテート製連続フイラメントをグリセリルアセテートの溶媒作用によりその接触点で相互に結着することによつて作られるものであり、その過程においてなされる「加熱」は、溶媒作用を営むグリセリルアセテートを活性化させるためになされるものであつて、フイラメント自体を溶融し成形するためのものではないと解される。

してみると、第一引用例からは、エレメントを加熱(溶融)成形によつて成形することを意味する記載は認めることができない。したがつて、前記審決の認定中前段の部分は誤りである。

また、審決は、「第一引用例には煙流と空気を喫煙者の口中で始めて混合するという記載があり、このことは加熱成形によつて得られる、表面非多孔性のエレメントを使用することによつて達成が可能になることを示唆しているものと認められる」と認定、判断している(ホの事由)。

しかしながら、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、特許請求の範囲に「7.素子が管状体であり、この管状体の周縁表面の長さ方向の溝が連続した又は別に接合された溝なし管状体によつて閉塞され、これと反対端で管状体の中心が低透過率の溝付き棒状素子により閉塞され、それによつて軸方向を流れる煙が溝に入り管状体の壁を通過して濾過されるものである第一項の処理具(第三頁第九六行ないし第一〇五行)」と記載され、また詳細な説明には、「この処理用具は煙を希釈するための空気が溝内に入つて喫煙者の口中へと通過するように喫煙用具にとり入れられた空気透過手段によつて周囲を包囲されていて(中略)チツプ紙の透孔がタバコ煙流の主流部に希釈用の空気を導入させるものである(第一頁第三一行ないし第三五行、第一頁第四三行ないし第四五行)」「吸口片2はセルロースアセテートでできている多数の縮んだ連続フイラメントがその接触点で相互に結合している空気透過性管状体素子3からなつていて(第一頁第七五行ないし第七八行)」「Fig 1及びFig 2に示したシガレツトは喫煙によつてタバコの煙が管状体素子3の中心孔14を通過すると同時に空気が透孔6に入り、溝13を通つて喫煙者の口中へ入る(第二頁第一一行ないし第一七行)」「透孔を通つた空気の一部は管状体の中心孔に入つて煙草煙流と混合され、残り部分が棒状体素子32の周縁部に沿つてシガレツトの吸口端を流れる(第二頁第八五行ないし第九三行)」と記載されていることが認められる。右記載からすると、第一引用例記載のものにおける溝付管状体素子又は棒状体素子は、空気透過性であり、透孔を通つた空気は、その一部が中心孔に入つてタバコ煙流と混合し、またその余の空気は溝13を通つて口内に入るものであることが認められる。前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、「タバコ煙流と空気とは喫煙者の口内で始めて混合する」旨の記載は認められない。

したがつて、第一引用例には右旨の記載があると認定し右旨の記載は「加熱成形により得られる、表面非多孔性のエレメントを使用することによつて達成が可能となることを示唆しているものである」とした審決の判断は誤りである。

以上のとおり、審決は、相違点についての判断に当たり、第一引用例には、「エレメントを加熱成形によつて成形することを意味する記載があり」また「円筒内を通過した煙草煙流と外被材の透孔より導入された空気は喫煙者の口内で始めて混合する旨の記載がある」と誤つて認定しているものであり、右誤つた認定に基づいてなされた審決の相違点についての判断は誤りであるというほかなく、これが審決の結論に影響を及ぼすこと明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。

三  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判官 岩田嘉彦)

別紙図面(一)

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